【ルビンの盃】どこかで有能でもどこかでは無能になり得る話

心理系

こんにちは、takamasaです。

私は仕事や勉強などの出来について周りから「優秀」と言われたり「無能」と言われたりことに非常に敏感なのですが、皆さんはいかがでしょうか?

優秀と言われれば素直に嬉しいのですが、無能と言われたら素直に凹みます、、

さらに「どこへ行っても有能(無能)だ」と追い討ちをかけるように言ってくることもあるかもしれませんが、果たして本当にそうなのでしょうか?

今回は、環境によっては有能や無能にもなり得る話について書いていきたいと思います。

評価する人の視点は、本当にみんな同じなのか?

言われたことがある方もいるかもしれませんが、職場の上司とかに「ここでうまくやっていけなかったら他も上手くいかないぞ」という言葉は有名でしょう。

それによって、「自分はどうせ他に転職しても上手くいかない」という思い込みが発生してしまうわけなんですね。

逆も然りで、「君はどこへ行っても上手くいくよ」と言われたことで、「自分はどこへ行っても仕事はできる」と思う方もいるかもしれません(自信がつくことは良いことですが、、、)。

良くも悪くも果たしてその通りなのでしょうか?

一人の人間を一人の人間が評価しようとなると、結局のところその人の目線でしか評価することができないため、その人の評価が絶対に全てとも言い切れないんですよね。

つまり、ある人から見ると低評価に見えるけど、別の人から見ると高評価にも見えるというルビンの盃のようなイメージですね。

その時の自分でも良いこともあるかも?

それもあって、低評価ばっかりしてくる人の評価を無理に間に受ける必要もないのかなと私は思います。

それによって自分の良さがなくなってしまう可能性を考えると非常に勿体無い気がします。

ただ、仕事上でどうしても必要だったりなど自分にとって改善に必要なことだったら改善すれば良いですし、そうでないときは無理に相手に合わせなくても良いという感じですかね。

さらに、長所と短所は表裏の関係にあるように一見短所ばかり見えるところも実は長所にも見えることもあります(出来事のような事実と切り分ける必要はありますが、、)。

今回はルビンの盃を用いたテーマでしたが、少しでも長所短所についての参考になれれば嬉しいです。

今回は以上です、ここまで読んでいただきありがとうございました!また次回もお楽しみに!

前回の心理記事:【バイオリズム】時にはいろんな自分も出て良いんじゃないかという話

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